ルーベンスから美を考える
- 3 時間前
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みなさまこんにちは、形成外科医の長坂です。
好き勝手にブログを書いていいとのことでしたので、今回も長々と書かせていただきます。堅苦しい内容ではないので、ご興味のある方はお付き合いください。
私はクリスマスにはケーキを食べ、年末年始は除夜の鐘に初詣、天皇誕生日は心から祝日を謳歌する…という宗教観に乏しい典型的な日本人です。ただ、幼少期はキリスト教が身近な環境で育ち、自然と宗教画に触れる機会が多く、気付いた時には西洋美術が好きでした。
ルーベンスという画家をご存知でしょうか。『フランダースの犬』で主人公ネロが憧れた画家で、「パトラッシュ、疲れたよ…(以下略)」の場面、ネロが最期に観た絵を描いた人です。画家の王とも称され、存命中から画家としても外交官としても高く評価されていました。作品をみれば、その人気にも納得がいきます。
ただ、彼の描く女性は、だいたい太っちょなのです。ぽっちゃりという可愛いレベルではありません。
スリムな女性が美しいとされるのは1920年代以降だそうで、それまでは女性はふくよかな方が美しいとされてきました。楊貴妃だって80kgくらいだったというし、インドなどでは太鼓腹は富と繁栄の象徴でもあります。実際にボッティチェリやレンブラントなんかの女性像をみても、お腹はふっくらしていますね。むしろ痩躯の女性やヴィーナスの絵画は少数派で、描くのはクラナッハくらいでしょうか…それでも下腹部は柔らかさがあります。
もちろん、この“ふくよかさ”は同一ではありません。肉付きのよさ、彫刻的な豊満さ、コルセットで極限までウエストを絞った蜂や砂時計のような体型など、その時代によって美の基準は異なりました。
それにしてもルーベンスの描く女性は豊満すぎます。山田五郎氏のYouTubeでも「セルライトの線まで描かれている」と評され、「ルーベンスは太った女性が好きだったのだ」と結論づけられています(私もそうだと思っています)。
移ろいゆく美の基準、人それぞれの価値観、こういったものを眺めていると「なにが美しいのか」という問いはとても難しく、答えはひとつじゃないのだと感じます。
絵画や文化のなかに多様な美が存在するのと同様に、人の生き方や思想、姿形にも、さまざまな美しさがあります。
ルーベンスの“美しい”は、残念ながら私の“美しい”と完全に一致するわけではありませんが、おそらくルーベンス自身は最期まで幸せに生きたのでしょう。
移ろいゆくのは美の基準だけではありません。これを読んでいるあなた自身も、時とともに少しずつ変わっていきます。
変化する自分を受け入れ、そのなかに新しい美しさを見いだせたなら、とても素敵なことだと思います。だからこそ、自分の“好き”や“美しい”という感覚を、大切にしてあげてほしいのです。
一形成外科医として、そんな“変わりゆく自分”を愛していけるよう、そっと背中を押す存在でありたいと思っています。自分を大切にしたい、もっと心地よく生きたいという気持ちに寄り添い、そのための選択肢としてお力になれたら幸いです。

甲府昭和形成外科クリニック
長坂 優香



