私と裏ハムラとの出会い
- HEIWA SOTOMURA

- 1月20日
- 読了時間: 3分

最近、裏ハムラブームなのだそうです。
私は2004年に裏ハムラをはじめて手がけ、それから20年余りが経ちました。
最初の数年は学会で発表しても、本当にそんなことができるのかと信用すらされませんでしたが、今やブームとは驚きます。
今回は、私と裏ハムラの出会いの話しをしましょう。
1997年4月に東大の形成外科学教室に入局した私は、形成外科医4年目、今でいうレジ4の年から3年間東大病院に勤務しました。
この時、吉村浩太郎先生に出会い美容外科にいざなわれた(笑)のち、2003年に波利井清紀教授とともに杏林大学形成外科に移ったわけですが、その時すでに、重瞼術、脱脂、下眼瞼除皺術、表ハムラ、フェイスリフトなど代表的な美容外科手術は、ほどほどに習得していました。
今思えば、非常に恵まれていました。
杏林大学では、レーザー外来を担当しました。
レーザー治療界の巨匠である久保田潤一郎先生が残してくださったたくさんのレーザー機器があり、毎週水曜日のレーザー外来は何十人もの患者さんがいらっしゃいました。
そんな中、ある1人の眼瞼の茶ぐまを主訴とした患者さんが来院されました。
この方は、生検の結果、表在性(基底層)と深在性(真皮内)のメラニン沈着があるということで、トレチノイン外用剤とQスイッチレーザーを併用した複合治療を行い、最終的には非常によい結果を得ました。
偶然なのですが、この方はフリーのライターさんで素晴らしいくま治療記を毎回2ちゃんねるに投稿してくださったんです。
2ちゃんねるですので、私(百澤)の自作自演疑惑とか色々いわれたらしいのですが、結果として、私の外来には毎週何十人ものくまの治療を希望する患者さんが押しよせることになりました(笑)。
そうしたら、茶ぐまではなく、目袋に悩む方が少なからず来院されました。
そのころの私は、脱脂も表ハムラも習得済みでしたが、脱脂は取り過ぎて「凹んだ!」といって怒られたり、取り足りなくて「まだ膨らんでる!」といわれたりしていました。
一方、表ハムラは除皺術(しわ取り)の一つという認識で、中高年のかたの術式という認識でしたが、目袋変形の改善に非常に効果的だと思っていました。
そこへ、20代の目袋変形の患者さんがいらしたのです。
私は、眼窩脂肪移動が最適だが、皮膚を切り取る必要はないので、どうしたものかと考えていました。
数日後、朝方、ハッと目が覚めたんです。
そうしたら、夢の中で結膜アプローチの眼窩脂肪移動術をしていた映像が鮮明に残っていました。
それでできると確信した私は、その患者さんに正直にお話しました。
そうしたら、「よく理解できました。私でやって下さい。」と、その患者さんがいってくれたのです。
波利井清紀教授室に行き、説明したところ、波利井先生は「そんなことできるのか?」といいながら、外来手術室や事務方に話しをつけて下さいました。
手術は、問題なく無事完遂しました。結果も良好でした。
それで、20例ぐらい行ったところで教授との約束通り英語の論文にしました。

画像 私の最初の裏ハムラ患者さん
これが、私の裏ハムラの始まりです。
しかしながら、笑えるのですが、英語の論文にするときによく調べたら海外ではすでにDr.Goldbergが論文にしていました。私が“初”ではありませんでした(笑)。
初めの10年は、欧米では下眼瞼の美容手術の標準的な術式であるにもかかわらず、日本ではなかなか広まりませんでした。学会発表も私ばっかりでした。「私しか扱ってない手術なんてうさん臭いので、皆さんもやって下さいよ!」くりかえし言っていましたが、
なんと現在は、ニセ裏ハムラが横行しているとも聞きます。なんだかなと愁いています。
この術式が皆さんの幸せにつながることを願っています。
甲府昭和形成外科クリニック
百澤 明
▼ 当院の裏ハムラ治療について



