マイクロサージャリーの話
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私は、1996年山梨大学皮膚科学教室で研修医1年目を過ごしていた頃に形成外科医を志すことに決め、医師3年目(今で言うレジ1)の年から東京大学の形成外科学教室に入門することになりました。この頃はマイクロサージャリーで有名な東大形成に入門できると決まったので、早く顕微鏡下の操作をしてみたくてうずうずしたことを覚えていますが、そういう実験や練習をする環境も道具もなかったので、どうすることもできませんでした。
1997年4月に自治医大病院に赴任し、晴れて形成外科医となりました。早速マイクロサージャリー器具のセットを上司の岡崎先生(現東大形成教授)のご指導のもと購入しました。合計10万円ぐらいだったかな。当時の私にはとても高価な手術道具に感じました。
まず始めは、ラットの神経の移植をする実験を診療科長の上田和毅先生から仰せつかりました。その実験が終了したあとのラットを血管吻合練習に使わせてもらうのです。
この頃の私の心に残る記憶としては、夜の実験室ですね。昼間は忙しく、実験などしている時間がなかったので、自ずと実験は夜中になります。誰もいない夜の実験室で、たくさん並んでいるケージの実験用動物の動く音、どこからともなくする「ヒューヒュー」という隙間風の音、途中怖くなってしまって、手が震えて、マイクロの実験どころじゃなくなってしまったりして(笑)情けない記憶です。これは27歳の時。
その頃から、40歳ぐらいまでは、マイクロサージャリーに魅せられました。単なるほっそい管をつなぐという仕事ではありません。血管の選択、セッティング、しまい方、いろいろな要素がかみ合うことで手術が上手くいくのです。そのどれかが伴わないと合併症が生じる可能性が高くなります。その奥深さにも魅了されました。
ところで、マイクロサージャリーというのは顕微鏡下で行う手術のことです。形成外科領域では、血管や神経を吻合します。われわれが頭頚部再建で吻合する血管は、外径で2-4mmぐらいのものが主です。現在では、乳がん術後の乳房再建手術、下咽頭がんに対する遊離空腸移植などの頭頚部がんの再建手術、外傷による四肢切断などの再接着などなど様々な手術でこの技術が用いられています。なくてはならない手術手技となっています。
このマイクロサージャリーは、1970年頃に急速に発展しました。そのマイクロサージャリーの創世記に活躍したのが私の師匠の波利井清紀教授です。何にもなかった時代にヨーロッパに渡って顕微鏡や道具を選定・開発し世界的に有名となったとは、改めてすごい人だなと思い知らされます。私の人生に対しては父親以上に影響を与えた人物ですね(笑)。親父に怒られるか。

甲府昭和形成外科クリニック
百澤 明



